花月の「めくり」

吉本興業がかつて経営していた演芸場・・・旧なんば花月、旧うめだ花月、旧京都花月・・・で昭和末期から平成初期にかけての閉館時まで使用されていためくりをネット上で復活させ、古き良き時代の旧花月劇場を語るブログです。
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    ようこそ「花月のめくり」へ!
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      管理人の よんかく と申します。ようこそみなさま「花月のめくり」へ! 

       

      もともとはマニアックな鉄道サイトを運営している者なんですが、このブログは吉本興業がかつて経営していた演芸場…旧なんば花月、旧うめだ花月、京都花月…で昭和末期から平成初期にかけての閉館時まで使用されていためくりをネット上で復活させ、古き良き時代の旧花月劇場を思い切り懐かしもうという、これまたアナクロな試みで2010年に立ち上げたものです。

      そしてこのたび、立ち上げ当初からお世話になってきたブログスペースが閉鎖の憂き目に遭ったため、2016年末をもってこのJUGEMに転居してまいった次第です。

       

      まず、「めくりって何や?」とおっしゃる方は、次頁「めくりとは?」をご参照ください。

       

      また、ここでご紹介する内容は私のおぼろげな記憶モードで作成したものばかりですので、間違いもあろうかと思います。そんな場合は、もう厳しくバシバシご指摘いただければ幸いです。ただし、フォントや字の大きさ等といった細かいところの違いについてはご容赦くださいませ。

       

      <お願い>

      こういうネタを扱ったサイトがほとんどないせいか、当サイトのめくり画像や写真、記事を無断で引用したり自サイトに転載する方(しかも演芸関係者)が若干いらっしゃいました。
      私としては、華やかで楽しかった昔の花月劇場の思い出を私一人のものにせず、同様の趣味をお持ちの方と思い出を共有したいという思いからこのようなサイトを立ち上げた以上、当サイトの記事等の転載や引用についても一切お断りしているわけではなく、事前にご連絡をいただければ基本的にはOKさせていただきたいと考えております。
      ただ、無断で転載・引用等をされるのは決して私の本意ではなく(堅い言い方をすれば、内容についての文責及び原著作権は私に属しております)、もし無断転載された記事に誤りや不都合があった場合は、転載された方もその責任ないし咎めを受けることは免れないものと考えます。
      これらのことから、当サイトの記事を転載することに責任を持ってくださる方にのみご承認させていただくこととしておりますので、ぜひ事前にご連絡をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
      なお、当サイトへのリンクはフリーですので、リンクについてはご連絡なくご自由に貼っていただいて結構でございます。

      連絡先/管理人よんかく

      メール:yonkaku☆sakai.zaq.ne.jp(☆をアットマークに置き換えてください)

       

      | よんかく | めくり | 22:54 | comments(0) | - |
      「めくり」とは?
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        ここではめくりについての説明というか解説を少し書かせていただきます。

         

        寄席や演芸場では、舞台に上がっている演者の名前を観客に示すためのビラや名札が設置されているのが通例です(そうでない所もありますが)。

        落語寄席でしたら紙に寄席文字で演者名を書いた名ビラが多いのですが、昔の花月劇場では舞台の上手(客席から見て右側)の袖の手前の壁面に小窓が開けてあり、そこに演者名を書いためくりと呼ばれる板を裏側から差し込んで表示していました。そして演者が交代する時は、紙芝居のようにスッと抜いて次の演者名を出すという仕掛けになっていたのです。

         

         

        (上図のフォントは国鉄スミ丸ゴシック体を使用しております)

         

        めくりは、知名度の低い演者にとっては名前を覚えてもらうためのツールでもあり、一方、看板と言われる大御所のめくりが現れるとそれだけで客席からどよめきや拍手が起こったりしたもので、それがまた人気のバロメーターとなっていたとも言えるでしょう。

         

        このブログでは、旧花月劇場で使われていためくりを、管理人の記憶モードで再現したものをご覧頂き、古き良き時代の演芸場の空気を味わっていただければと考えております。

         

        では、懐かしのめくりの世界へどうぞ・・・

        | よんかく | めくり | 23:22 | comments(0) | - |
        やすし・きよし
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          横山やすし・西川きよし

           

           

          1966年6月コンビ結成。

          従来の漫才コンビでは固定化されていたボケとツッコミを自在に入れ替え、ボケながらツッコんで漫才をリードする新しいスタイルを築き上げ、不動の地位を得るとともに他の漫才にも多大の影響を与えた。

          やすしの度重なる事件と謹慎、きよしの参議院選挙出馬などにより徐々に漫才から遠ざかるようになり、やすしの吉本解雇をもって1989年4月コンビ解消。1996年1月やすし死去。

           

           

           

           

           

          こういう勘亭流ふうの書体のめくりもありました(なんば花月?)。人気絶頂の頃は、このめくりが出ただけで客席がどっと湧いたことが想像できます。

          ちなみに、旧花月劇場でのやすきよの出囃子の曲目がわかりません。どなたかご存知の方、教えてくださいませ。

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          こちらはNGK(なんばグランド花月)で使われていた、手書き感がなく亭号も入っている優等生的なめくり。NGKではめくりを出してもらえない芸人さんも多く、めくりの役割はほとんど形骸化しているようです。

          NGKでのやすきよの出囃子は、曲目は分かりませんが何か近未来的なジングルのような音楽でした。奇術の一陽斉蝶一師も演技中にこの音楽を使っている時がありました(というか、使い始めたのは蝶一師の方が先だと思います)。この曲目もどなたかご存知ならば教えてくださいませ・・・て、全く手がかりがないやないか(笑)

           

           

          | よんかく | 漫才 | 11:01 | comments(0) | - |
          笑福亭仁鶴
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            笑福亭仁鶴(しょうふくてい にかく)

             

            1962年、六代目笑福亭松鶴に入門。テレビなどを通じて全国区の人気を獲得し、桂三枝(現・桂文枝)などと並んでタレント落語家のはしりとなる。全盛期の働きぶりはすさまじいものがあったが、これによって「今の吉本の基は仁鶴が作った」とまで称せられるようになり、今も会社からは全幅の信頼を置かれている。現在同社特別顧問。

             

             

             

             

             

             

             

            「どんなんかな〜」「うれしかるかる」などギャグの宝庫でもあります。昔、大塚のボンカレーのCMにもレギュラー出演していましたね。子連れ狼ふうに「3分間待つのだぞ」とか…。

            あと、同じく親子どんのCMでは指揮者に扮して登場し「親子どん、チャイコフ好きー」とか、食べた後の丼を見せて「カラヤン!」とか、もう仁鶴パワー爆発の様相を呈していました。

             

            メディアでの人気が落ち着いた後も根強いファン層を持ち、今もNGKの出番はもちろん、本職の古典落語でもいい味の芸を披露してくれています。

             

            旧花月劇場ではとにかくマシンガンのごとく笑わせることが至上命令で、落語のようなじっくり聞かせる芸に対しては冷たい部分がありました。花月出番の落語家さんは、マクラをつないだような漫談でまずまずの笑いを取って舞台を降りる人が多いのですが、仁鶴さんは「道具屋」などの古典ネタを積極的にかけては結構な笑いを取っていました。

             

            出囃子は「猩々くずし」ですが、なぜか花月やNGKでは「だんじり」を使っていました。「だんじり」は曲調に勢いがあるものの、ベテランよりも若手や中堅向けの出囃子なので、仁鶴さんにはちょっと・・・と思ってしまいます。今でもNGKなどでは「だんじり」で上がっているのか、ちょっと気になるところではあります。

             

            赤い落語台に、見台・膝隠しなしでセンターマイクでしゃべる、うめだ落語のデフォルトスタイル。

            | よんかく | 落語 | 00:23 | comments(0) | - |
            一陽斎蝶一
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              一陽斎蝶一(いちようさい ちょういち)

               

              三代目一陽斎正一門下。花月の舞台では、火や小道具や鳩を使ったサロンマジック風のものから始まり、人体切断のような大ネタのイリュージョンで締める、ステージマジックの王道を行く本格派マジシャン。読売テレビ「お笑いネットワーク」などテレビ出演もそこそこあった。最近は高齢のため、ほとんど活動していない模様。

               

              【お知らせ】当サイトのめくりは基本的に、フォントや文字配列などに関して私のおぼろげな記憶をもとに作成したものですが、今回の蝶一師のめくりは雑誌『上方芸能』に掲載された河内家菊水丸師所蔵の旧なんば花月のめくりの写真を模写し、できるだけ実物に近くなるような形で画像化したものを使用しています。今後も、参考となる写真や資料があるものについては、同じ手法で作成しためくりを掲載してまいります。
              【参考】上方芸能165・166号『河内音頭取りの資料をめぐって 旧なんば花月 舞台のめくり 1・2』河内家菊水丸

               

              まぁこの人ほどエピソードの多いマジシャンも珍しいのではないでしょうか。

              ・火を使うマジックで頭(カツラ)に燃え移った

              ・ラッカーで塗色した鳩を出したら飛ばずにボトボト落ちた

              また、ABCテレビ『ナイトinナイト 八方の楽屋ニュース』等で言われていたのは、

              ・人体切断マジックの最中、箱の中の後見(アシスタント)が「先生、痛い」と悲鳴を上げた

              ・漫才の重鎮・人生幸朗師に「師匠、おまえ」と言ってしまった

              ・後見をバイト情報誌で募集していた

              ほかにもいろいろあって、どこまで本当か嘘なのかわかりませんが、よく他の芸人さんのサカナにされていました。

               

              花月の舞台では、音楽に合わせてスマートに進めていく形が多かったようですが、「お笑いネットワーク」ではしゃべりを入れながらネタばらしマジックをやり、後見に「もうええわ!」とツッコミを入れさせるなど、お笑いの要素も取り入れたステージを展開していました。

              その他のテレビ出演としては素人名人会の審査員がありました。奇術での出場者があるとき限定の出演でしたが、故・五代目桂文枝師の隣に座って割と辛口な批評をしておられたように思います。

               

              私がこの人のネタで忘れられないのが「不思議なラジオ」。

              まず、上手ソデから台に乗せた大型のラジオが運ばれます。ラジオからは電源コードがソデの方へ伸びていっています。蝶一師が「エイっ」と言うと音楽(しかも音が割れているド演歌)が鳴り出し、さらに「エイっ」と言うと止まるのです。

              私は、この手品のどこが不思議なのか、今もって理解できていません。

              まぁ、最後にはラジオに布をかけて消滅させてしまうので、この部分だけはマジックとして理解できますが・・・。

               

              マジシャンの人のめくりには赤文字で「奇術」と書かれていました。奇術というのも古びた言葉ですが、旧花月劇場にはまさに似つかわしい感じがします。なお、亭号は正式には「一陽斎」ですが、めくりでは「一陽斉」と表記されていました。昔の花月ポスターを見ると、マジカルたけし師の前名も「松旭斉たけし」と書かれていたので、めくりも「斉」で統一されていたのかも知れません。

               

              現在、一陽斎を名乗る奇術師はこの方だけではないかと思われます。

              松旭斎、帰天斎など和妻の流れを汲む亭号も風前の灯か…と思っていたら、松旭斎小天正門下の女性マジシャン・わんだふる佳恵さんが2016年1月に「松旭斎天蝶」に改名され、松旭斎小天正師ともども松旭斎の名はまだまだ存続することになりました。

              いい名前ですね…蝶一師の蝶の字も入ってますし(笑)

               

              真面目な?マジックを演じているところです。

              上手側に人体切断用の箱が置いてありますね。蝶一師はいつも最後に大ネタで締めてくれました。

              後見の女性はやっぱりバイト情報誌で募集した人なんでしょうか(笑)

              | よんかく | 奇術 | 10:46 | comments(0) | - |
              小づえ・みどり
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                若井小づえ・みどり(わかい こづえ・みどり)

                 

                1964年コンビ結成。若井はんじ・けんじ門下。当初松竹芸能、ケーエープロ所属だったが、のち吉本へ。独身ネタ、小づえの結婚願望ネタでブレイクし、旧花月及びNGKの看板となる。みどりの入籍を機にコンビ解消。1999年1月小づえ死去。

                みどりはメグマリコとの「新・小づえみどり」等を経て、現在吉本新喜劇で活躍中。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                「よう見たら別嬪でしょっ」「嫁にもーてぇ」「おっ気がーるにっ」「まーだなーいか」「弁当付けるで」「そんな言い方ないと思うわ」「いかず後家に恥はない」

                まぁとにかくうるさい漫才でした。みどりの左耳が難聴になったという噂を聞いたことがありますが、事実かもしれませんね。

                 

                小づえさんは過去にこずえ→こづえ→小づえと2度改名していまして、右側はこづえ時代のめくりを河内家菊水丸師所蔵のコレクションの写真から模写して作成したものです。長らく売れない時代が続いたことから、現状を打開したいという思いが改名に込められていたものと思われますが、最後の小づえになって売れ、大看板となったのはご承知のとおりです。

                 

                次はNGKのめくりです。

                みどりは小づえから「自転車のチリンチリン」「椎茸の裏」「トイレのにおい消しのボール」「竹下首相」「お仏壇のリンの座布団」「ゲゲゲの鬼太郎のお父っつあん」と言われ放題。いくよ・くるよもけなし合い漫才ですが、こちらの方がずっと迫力があり、勢いがありました。

                 

                小づえは専属のスタイリストを付け、帽子や衣装もおしゃれでした。帽子を取られるのを非常にいやがり、他の芸人さんから「禿げてるのとちゃうか」とさえ言われていましたが、あるテレビ番組で偶然ポロリと帽子が脱げたのを見たら、当然ですが普通に髪をくくってありました。

                 

                みどりの入籍によって独身ネタが困難となり、ネタの幅が狭まってしまったのは(みどりさんには悪いですが)残念でしたが、結婚願望をがなり立てるネタが飽きられていたのも事実であり、コンビ解消はいろんな意味で潮時だったのかもしれません。

                 

                私が知っている旧花月での出囃子は、旧うめだ花月閉館まで使われていた「Dr.スランプ アラレちゃん」のテーマのインスト版で、それまでにもちろん幾多の変遷を経ているのでしょう。NGKの出囃子はご両人が唄う「オンチ」という歌のイントロが使われていましたが、当初は違う曲でした。

                 

                長年力を蓄えてやっと売れ、乗りまくっている時期のうめだ花月の舞台です。「おっ気軽に〜」

                バタバタッと売れて看板となり、バタッと解散。そして、小づえさんの逝去。

                今から思えば幻のように時代を駆け抜けていったコンビ、そんな気がします。

                | よんかく | 漫才 | 11:10 | comments(0) | - |
                月亭可朝
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                  月亭可朝(つきてい かちょう)

                  三代目林家染丸に入門後、三代目桂米朝に再入門して桂小米朝と改名。米朝門下であるが吉本興業に所属。
                  後年会社から改名を迫られたため、月亭の亭号を復活させて可朝に改名。カンカン帽姿のギター漫談で世に出るが、選挙に出馬したり賭博容疑で逮捕されたりとお騒がせぶりが大きく取り上げられ、ついには可朝の名そのものがギャグとなるような始末であった。
                  2008年にはストーカー容疑で逮捕され、その存在が再びクローズアップされた。

                   

                   

                   

                   



                  旧花月でもカンカン帽をかぶっていました。出囃子の「ああそれなのに」に乗って扇子を手に踊りながら舞台へ登場し、「ほんまにほんまですわ、いや実にほんまですわ、ほんまに」と訳の分からんフレーズで客席の笑いを誘っていました。高座内容はだいたいが漫談で、時に「秘伝書」などのネタをかけることもありましたが、「ほんまにほんまですわ」だけで時間が終了したり、舞台で出前のうどんを食べるだけで終わったりという時もあったそうです(wikipedia月亭可朝)。

                  テレビにもよく出演し、私が知っているのは『新婚さんいらっしゃい』と『夫婦でドンピシャ』(いずれもABCテレビ)の司会です。『夫婦でドンピシャ』は海原小浜師と組んでやっていて、最後のパチンココーナーで「ここですわ、黒のチューリップに入れたらあきまへんで」と出演者をビビらせていたのが印象に残っています。この時も不祥事で番組を降板し、のちにいとし・こいし師と交代していたように思います。

                  旧うめだ花月の閉館直前まで出演していた覚えがありますが、のちに吉本を離れてケーエープロ→スパンキープロを経てフリーに。現在は高齢であることもあり、天満天神繁昌亭の夜席などにたまに出演することがある程度です。
                  | よんかく | 落語 | 23:25 | comments(0) | - |
                  ザ・ローラーズ
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                    ザ・ローラーズ

                    内田武・隆子夫妻によるアクロバット・ユニット。芸歴不明だが、かつて内田ファミリーというアクロバットチームのメンバーだったらしい。旧花月劇場では、客から投げられたリンゴをフォークで突き刺す芸と、数種類のバランス芸で構成されるステージを一貫して続けていた。現在はすでに引退。

                     

                     

                     

                     

                     

                     



                    旧花月劇場ファンには忘れられない色物芸人さんですね。とにかくいつ見ても芸の内容は決まっていて、
                    1 リンゴ芸
                    2 バランス芸前半
                    3 バランス芸後半
                    これらを、音楽に合わせて流れるように進めるスタイルでした。

                    1のリンゴ芸は、観客にリンゴを渡して舞台へ投げてもらい、それを武さんが口にくわえたフォークで突き刺すというもの。これを数回繰り返すのですが、最後に投げられたリンゴが武さんの頭に当たってひっくり返るというオチで次のバランス芸へと移ります。バック音楽は「マンボNo.5」。

                    2のバランス芸前半は、高さ1メートルくらいの台の上に2人向かい合わせで立ち、倒立やエビ反りなど組体操方式のパフォーマンスを繰り広げます。ちょっと艶かしい感じのトランペット曲がバックで使われていますが、曲名不明。

                    3のバランス芸後半がいよいよザ・ローラーズの真骨頂です。2で使った台の天板の四隅にコップを置き、その上に板を置き、さらにその板の四隅にコップを置き、その上に板を置き…という具合に、これを3段重ねとします。
                    そしてその上に横長の板を置き、同じく四隅にコップを置いて…と、同様に3段重ねとします。
                    次に、その二つの3段重ねの台の間に直径約20センチくらいの円筒を挟むように置きます。当然、上の3段重ねの台は円筒が左右に転がりますから非常に不安定となりますが、その上に武さんが乗り、バランスをとって直立します。

                    直立でポーズをとった後、下にいる隆子さんからフラフープのような輪を2本受け取り、片方ずつ足の下を通し、前傾姿勢となって頭にも通します。ここでまたポーズ。
                    さらに直径50センチくらいの輪を2本受け取り、これを両手首に通してぐるぐる回転させます。これがフィナーレで、音楽(エル・クンバンチェロ)が一層高らかに鳴り、客席の拍手も最高潮となります。

                    コップを置く時の動作が非常にゆっくりで、コップ置きの時間に3〜4分程度費やしていたような気がします。この時のバック音楽は「Taboo」。
                    武さんがグラグラする台の上に乗る時から、音楽はドラムロールに切り替わります。武さんが何度も頬をふくらましたりすぼめたりして呼吸を整えていました。
                    乗った後は、左右に大きくふらついて観客の肝を冷やします。このふらつきがわざとなのか武さんのお年のせいなのかはわかりませんが(笑)、何度見てもハラハラしましたね。
                    この間、音楽はずっとドラムロールが流れているのですが、時間が長いので途中の継ぎ目で一瞬途切れていました(笑)

                    私は一度だけ、ザ・ローラーズをNGKで見ました。正式出番だったのかどうかはわかりませんが、リンゴ芸を省略してバランス芸前半から始まり、フィナーレでは拍手喝采。旧花月劇場でずっと頑張って来たお二人の顔が、NGKでは一層輝いて見えたものです。

                    めくりは字数の関係で上図のように変な所で改行となっていました。赤文字は「アクロバット」でした。

                    うめだ花月でのローラーズ演技中の写真です。
                    (上)コップを積み重ねているところですね。家内制手工業という感じがとてもとてもいいですね。
                    右側は隆子さん。ピンクのレオタード姿で頭にはターバンを巻いています。

                    (下)華やかなフィナーレ。

                    | よんかく | アクロバット | 23:32 | comments(0) | - |
                    いくよ・くるよ
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                      今いくよ・くるよ(いま いくよ・くるよ)

                      島田洋之介・今喜多代門下。高校の同級生で、1971年コンビ結成。デブ・ヤセコンビの典型で、見た目のコントラストとともにそれをネタにも活かし、互いに相手の容姿等をけなしあうスタイルの漫才をよく演じていた。
                      売れない不遇の時期が長かったが、くるよがお腹をたたくギャグで漫才ブームに飛び乗り、一躍看板に。ブームが去った後も、花月劇場を中心に安定した人気を保ち続けてきた。2015年5月にいくよ逝去、くるよはピンで活動中。


                       

                       

                       

                       


                      花月やNGKでの大看板であるとともに、テレビのネタ番組にもよく出ていました。芸はともかく、芸人としてのオーラというか華やかさはあったなぁと思います(決して漫才が下手だという訳ではないですが)。ライバル視されていた小づえ・みどりは、漫才は古くから一級品と言われていましたが、この「華」のあるなしで売れ方に違いが出たのかなとも思います。いくくるが2人とも独身を貫き続けていたのも、変な話ですがここのコンビの安定要素の1つでもあったのでしょう。

                      デブ・ヤセコンビでは、風貌に合わせてデブ側にボケを担当させるのが大多数と思われますが、ここはデブ(失礼)のくるよが実はツッコミ担当で、そのへんのミスマッチもこのコンビの特徴と言えるかもしれません。

                      旧花月劇場での出囃子は、私が花月通いをしていた昭和末期以降は南佳孝『モンローウォーク(=郷ひろみ「セクシー・ユー」)』のインストバージョンでしたが、もちろんそれ以前にいろいろ変遷があったものと思います。NGKでの出囃子は何か明るい感じの曲ではありますが、曲目は不明です。

                      師匠の今喜多代師はのちに今日規汰代に改名。亭号の「今」は、入門当時の師匠の亭号を現在もそのまま使い続けていることになります。ちなみに、松竹芸能のいま寛大師は師弟関係にはありません。

                      1990年頃、旧うめだ花月閉館間際に撮影したものです。この当時、いくくるの出番はほとんどNGKに移ってしまっており、う花の正式出番は年に2〜3席のみ。このほか、チャンバラトリオや仁鶴師などのスケ(代演)として単発的に出る程度でした。


                       

                      | よんかく | 漫才 | 09:42 | comments(0) | - |
                      桂小文枝
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                        桂小文枝(かつら こぶんし)

                        大阪市交通局勤務のかたわら1947年四代目桂文枝に入門。絶滅寸前だった上方落語の復興に尽力したいわゆる「上方落語四天王」のひとり。古典落語の持ちネタの多さ、そして三枝、きん枝、文珍をはじめとする直弟子の多彩な活躍ぶりは衆目の一致するところ。1992年五代目桂文枝を襲名、のち紫綬褒章、旭日小綬章受章。
                         

                         

                         

                         

                         

                         


                        小文枝師と言えば、古典落語ファンなら温和な人柄と語り口、女性を演じる時の独特の艶やかさを想起されると思いますが、一般大衆・テレビ視聴者的にはMBS『素人名人会』の審査員というのが最もピンと来るのではないでしょうか。あとは、ちょっと古いですが食堂百貨の千日堂のラジオCMナレーション「おおきに、ごっつぉあーん」というのもご記憶の方は多いのではと思います。

                        昭和末期から平成初期あたりでは花月劇場の出番もそこそこありましたが、何を置いても爆笑芸最優先の花月のことですから、落語にじっくり耳を傾けるには大変荒れた環境の中で粛々と「京の茶漬」などをかけていました。観客(特に団体客)は、ぶぶ漬けを食べる仕草に感心はしても、ネタそのものの笑いには結びつきにくく、時にはネタに入らず漫談だけで終わったことさえありました。

                        ほぼ漫才一色で落語は色物扱いという吉本系劇場、重たい高座を務める小文枝師のお気持ちやいかに、と案じたものです。
                        文枝襲名後はNGK出番もほとんどなくなったようで、これは「(花月は)落語を披露できる場所ではなくなったから」というご本人の希望によるものだったとお聞きしたことがあります。

                        2005年3月、五代目文枝師肺がんのため逝去。師がどれほど待ち望んだであろう落語の定席・天満天神繁昌亭がオープンしたのはそのわずか一年半後、2006年9月のことでした。

                        出囃子は「軒簾」で、花月でもテープでこれが流れていたように記憶しています。文枝となってからは「廓丹前」に変更。

                        | よんかく | 落語 | 15:48 | comments(0) | - |
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