花月の「めくり」

吉本興業がかつて経営していた演芸場・・・旧なんば花月、旧うめだ花月、旧京都花月・・・で昭和末期から平成初期にかけての閉館時まで使用されていためくりをネット上で復活させ、古き良き時代の旧花月劇場を語るブログです。
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    ザ・ダッシュ
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      ザ・ダッシュ

      志歌ソング・古賀専太郎の音曲漫才コンビ。1959年のうめだ花月オープンとともに志歌ソングらにより結成された「スプリングボーイズ」が前身。カルテット「フォア・ダッシュ」を経て、志歌と古賀のコンビ「ザ・ダッシュ」となる。一時期、志歌の息子・ばんじょうじを加えてトリオで活動していたこともある。旧うめだ花月閉館後に活動休止し、現在は引退の模様。

       

       

       

       

       



      ご両人ともギターを持って、音楽ショウという看板でやっていました。最新の歌謡曲をネタにすることはほとんどなく、たいていは少し前のヒット曲から相当昔の流行歌を演奏したり唄ったりしては、合間にベタな漫才を挟むというスタイルでした。音楽のキャリアは長いらしく、歌や演奏は安心して聴いていられましたが、喋りで笑いが起こることはそんなになかった印象です。

      ネタのひとつに「歌のしりとり」があり、割と新しい歌謡曲から始めるのですがだんだん古い曲しか出てこなくなり、「我々古い歌ばっかり唄てるな」で落とすという趣向でした。
      また、古賀さんが副業(本業?)でカラオケの先生をやっているという話を志歌さんがよくネタにしていました。「漫才だけやと食て行かれへんもん」という感じで…。
      ちなみに、志歌さんは元・和菓子職人、古賀さんは吉本新喜劇の第一期研究生という経歴をお持ちだそうです。

      出囃子はバンジョーによる軽快なカントリー調の曲。音曲漫才というとテーマソングが付き物ですが、私が花月通いをしていた昭和末期にはご両人のテーマソングはなく、いきなりネタに入っていました。
      一方、終わりは必ずエンディングテーマで締め。

      【ザ・ダッシュ エンディングテーマ】
      わけの分からぬ ことばかり
      やってるうちに 別れの時が
      いつの間にやら やってきた
      グッバイさよなら再見(ツァイツェン)アディオス
      また会う日まで ヘイ!


      この最後の「ヘイ!」とともに数歩下がって一礼する仕草が、何となくカッコいいなぁと思っていました。
      テレビにはほとんど縁のなかった、いわゆる「花月に来ないと見られない芸人さん」の筆頭格でしたが、それだけに花月に欠かすことの出来ない舞台芸人さんの心意気が「ヘイ!」に込められていたのかなと、今から思えばそんな気がします。

      | よんかく | 音曲漫才 | 22:49 | comments(0) | - |
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